2022年1月葉山合宿(振り返り)

スタジオ作り。

カメラ関係はもともと興味なかった。

去年秋ごろから順ちゃんが

「みんなを撮るようになっていく気が

する」と言ってたけど、

へぇ、そう。。くらいに

ひとごとにしか思ってなかった。

 

12月三崎口リトリートでは、

「自分事として自分達で撮る」意識が

みんなの中に芽生え始めたように

思う。

 

そして、今回の合宿準備は

料理ミーティングはほぼゼロで

スタジオセットアップ関係を

自分達でするための

ラファエルのレクチャーが

数回に渡り始まった。

 

けんちゃん、まーちゃん、

順ちゃんはエクスパンションして

いて、楽しそうだったけど、

私は「まぁ、特になんも。。

イヤもないけど」な感じ。

 

振り返るとスタジオ準備に

のりこさん家に行った時は

みんなのエクスパンションに

引っ張られて、気持ちが引き上げられ

ていた瞬間もあった。

 

でもミーティング後半は 

疲れてしまったり、

私いなくてもいいんじゃないか、とか

私いない方がいいとか闇が上がったり。

 

ただ闇はどうあれ、

全体のために

できるだけ邪魔しないで

心身共に使われたいという

気持ちはあったと思う。

 

12月三崎口でのリトリート前に

ラファエルから、

私達は祈りとコミュニケーションに

心を注いで、あとはジーザスに

成さしめられるに任せて、

何が明らかにされるか見せて頂くだけ。

これはジーザスによってなされる

実験なんだというような話があって

それが今も心で響いてる感じがした。

 

だから、

疲労感で集中がとぎれて

グダグダしてきたり

「めんどくせ。。」みたいな

考えがよぎると、

何ができてもできなくても

その祈りの中にダイブする

イメージを繰り返してた。

 

合宿前日は緊張と不安。

現場に2回入って準備は

してきたけど、

最初にカメラスイッチする係は

務められそうになかったし、

祈ってもガイドされてるように

感じなかった。

無価値感。。

 

みんな未知なことなのに

エクスパンションしながら

前向きなことにすごいなと

思ったし、

特に楽しんでいる様子の

まーちゃんにはなんか

説明がつかないような

心を揺り動かされるような

ものを感じた。

子供みたいでいーんだよー。

オトナでいなくていーんだよー。

と言われてる?

 

みんなが背中見せてくれたおかげも

あって、2日目に実際にその係をした

とき、いつもと違うことが起きた。

 

開始時間が遅れていて、

少し焦りを感じていたとき、

ズーム越しに田辺さんが

拝んで祈ってるのが目に入った時

ありがたくていつになくジーンとした。

 

拝んでる田辺さんは別に

珍しくもなんともなくて

普段だったら何も感じない。

 

なのに、そのときは

温かいものに満たされて

光を感じて胸が感謝で一杯になった。

 

しばらくしたら、

ああ、ジーザスについていくだけで

いいって、なんて安心で安全で

しあわせなことだろうとうれしかった。

 

途中、スイッチングが

マズかったなと思ったりも

したけれど、

みんなの方に目を向けると

全員が美しく、光を感じた。

この機会に関われて嬉しい。

 

そのことをそのファンクションを

終えてシェアしたとき、

のりこさんから、

コンフォートゾーンから出て

未知なことに身を捧げたとき、

そこに最初からあった光や愛に

気がつくことができる、という

ような話をされた。

 

あいかわらず

私は何もわかってないけど、

それでも、しあわせを感じた。

 

合宿中、ラファエルから

カメラ関係のレクチャーも

追加であって

今までの撮影がどんなに

人間技じゃ無理だったのかも知れて

なおさら感謝が湧く。

 

合宿から帰ってきて、

藤井風くんの曲を聴きまくって

エクスパンションし、

ずっと幸せで朝まで

寝付けなかった。

 

真の意味で、私は生きたい。

そうなれたら、と強く願う。

 

藤井風くんのMVの

ビハインドシーンを観たとき、

何げなく、どんなカメラで

どんな風に撮ってるんだろうかと

興味を持ってそこに目を注いでいる

自分にちょっと驚いたし、

面白かった。