7月合宿 2日目

 2日目。

 

今度はのりこさん家の横の草刈りに取り掛かった。

上から見たら、昨日やった家の前の敷地よりも

狭くて楽かなと思ったけれど、

実際にその場に立ってみたら、

草の量が結構すごかった。

 

作業的に慣れてきたこともあって、

祈りやすいはずなのに

イライラが募ってきた。

ここをきれいに全部抜いたとしても、また生えてくるんだ。

しかも次は真夏でジリジリ太陽に焼かれながら、汗だくで

同じ作業。。。

 

地面には草が生えてこないように

3年前にTちゃんが釘を刺して固定したシートが一面に

敷いてあった。それでも脇の隙間からグングン生えて

この草の量。

 

Tちゃん、これだけシート敷いて釘刺すの大変だった

だろうな。。

四つん這いになって作業してるTちゃんのイメージが

現れたとき、感謝の想いが湧いた。

 

そして、草に対して憎悪の気持ち。

息の根を止めてやりたい。

除草剤とか。

いやいや、空気や光を遮断して密閉する。

 

のりこさんに思わず言ってしまう。

寄付しますから、コンクリートでここ

草が生えないように埋めましょうよ。

 

のりこさんが笑う。

意味がない、生産性がないと思えるようなことに

奉仕するから「だからこそ」なんだよ。

 

ああ、そうだった。と思い出して私も笑うけど

わかってない。

すぐ目的を忘れてしまう。

すぐ合理性を求めてしまう。

こんな草を生えないようにして、もっと

有益性の高いファンクションに時間を割く方が

良いという思考回路のままだ。

 

目の端に黙々と奉仕するJさんが映り

劣等感を感じる。

 

あんなにボウボウだった草がなくなって

大分きれいになってきた。

私にはもうひとつインスピレーションを

感じていたお風呂場のカビ取り掃除があって

それにそろそろ取り掛かる時間のように

感じたので、のりこさんにそれを伝えて

風呂場に移動した。

 

主に天井の隅のゴムパッキンにカビが

集中していて、カビキラーを吹き付けるのだけど

液垂れしてしまい、カビに薬剤が定着しなくて

どうしよう、うまくいかないと思っていたら

聖霊から「こうするといいよ」という

インスピレーションが来たので、それからは

楽しくなってきて、掃除に集中していった。

 

長いこと、風呂場にいたように思う。

もうみんなはリビングに戻ってるだろうなと

思っていたら、外にいて後始末中だった。

(風呂場の窓を開けてたので見えた)

 

それを認識した途端、

エゴが

「まだやってる!」と怒り始めた。

意味不明。

私より奉仕しないで!みたいな怒り。

 

 

カビは薄くはなったけれど

完全には取れていなくてもっときれいに

したかったけれど

薬剤をつけて放置しておく適正時間は

過ぎていたので、他を掃除して

リビングに戻った。

 

草刈りは本当に細かいところまで

きれいに抜き取られていて美しかった。

すごい。

これを数時間、たった3人で?

ちょっと人間技じゃないように感じた。

 

一方、のりこさんもJさんもお風呂に

入った後、「きれいになっていた」とか

何も言わず不安になった。

奉仕したことが無視されてるという

被害者意識。

たしかにカビは残っている。

ふたりが仕上げた草刈りは完璧で

私が担当した風呂場は不十分だという

想いが湧く。

風呂掃除は失敗と判断しようとする。

奉仕した結果に評価を求めているんだな。

私はよかったのか悪かったのかって。

常につきまとう私、私、私。

 

だけど、不思議なことに今回は

身体もすごく動かしてるのに

お菓子をつまみたいとか

パンを食べたいという欲求が全然

起きなかった。

リビングにいるときも今までの

合宿のときより心が統一されているように

感じた。集中してるような。